top of page

落盤で貨物が脱線 後続2列車2時間遅れ 芸備線

  • 執筆者の写真: 小鳥 原
    小鳥 原
  • 2024年9月15日
  • 読了時間: 1分

9日午後6時40分ごろ、芸備線広島発新見行き880貨物列車が落合-道後山駅間で直径1mの落石に乗り上げて脱線、間もなく復旧した。

このため後続の2列車が2時間近く遅れた。

落合駅では直ちにバスを手配して落合-道後駅間の折り返し運転を行い乗客を運んだ。

原因は5号台風がもたらした大雨と同朝の地震による落盤とみられる。

中国新聞1957年(昭和32年)7月1日付

最新記事

すべて表示
1949年道後山スキー場大盛況関連

ゲレンデの条件は絶好 備北道後山に集うスキーヤー群 広鉄の肝いりの初スキー列車は15日の夜明け4時10分雪の道後山に到着した。4両連結の車からは九州・山口方面からも参加した450余名のスキーヤーがぞろぞろ下車、待機中のバス4台が3回にわたって三坂部落まで送るという大混雑ぶり...

 
 
芸備線、土砂崩れ不通 備後落合-道後山 運転中止や部分運休

6日午前6時40分ごろ、比婆郡西城町小鳥原、JR芸備線の備後落合-道後山間で土砂崩れがあったのを、近くの主婦岡田鈴江さん(45)が見つけ、庄原署を通じJRに通報した。同7時15分ごろ列車が通過するのを知っていた岡田さんの素早い対応で、列車は難を逃れた。...

 
 
20世紀スポット<5> スキー場の草分け道後山 滑る楽しさ教え70年

県内スキー場の草分け的存在と言えるのが比婆郡西城町の道後山(1,269メートル)だ。シーズン中約3万人が訪れたバブル時代に比べると、少なくなったが、多くのスキーヤーを育てたその地位は揺るぎない。 日本でゲレンデスキーを始めたのは大正末期から、と言われる。その早い段階で県内に...

 
 
bottom of page